ここのところ色々と忙しくて、台湾政治がらみのことはあまりフォローしていないのだが、昼食を摂りに立ち寄ったお店のテレビで総統就任式の報道をしていたのを見て、ちょっと思ったことを適当に。

  貴賓席でバナナが配られていて、頼清徳台南市長らが嬉しそうにバナナを頬張っている場面がわざわざ映し出されていたが、こういうどうでもいい映像をさも意味ありげに流すのは台湾のテレビのお約束みたいなもんだから、それはそれとして。

  式典のパフォーマンスの中で、道教系の神々が練り歩く一方、原住民系の民族衣装も多々見られるのは、多民族国家としての特徴を強調しているわけだが、これはもう台湾ではおなじみの光景だ。滅火器が「島嶼天光」を歌っているのはヒマワリ学生運動とのつながりを示しているし、白色テロの時代を回顧する映像が流されていたり、式典の映像中から台湾独立の旗幟が映り込むのが排除されていないのも、民進党政権の発足という印象を確かに深める。

  ただし、蔡英文は中華民国総統に就任するわけで、三軍の統帥として式典では儀仗兵が登場するし、「雷虎」飛行部隊の空中パフォーマンスもある。私がニュースを見たときに注目されていたのは、中華民国の国歌とされている「三民主義の歌」について。この歌の中には「三民主義 吾黨所宗」という個所がある。この「吾黨」とは国民党を指しており、党国体制の遺制がいまだに残っている一例である。昨年の双十節式典に民進党主席として出席した蔡英文はこの個所だけ口を動かさず、社会的な論争にも発展した。今回の総統就任式典において蔡英文は2回この歌を歌ったが、今度は2回ともこの部分をとばさずにちゃんと歌ったと報道されている。民進党内部でも政権獲得後の国歌に対する態度について一定のコンセンサスが形成されているはずで、「吾黨所宗」を省略しなかったのは、現行体制に問題があるとしても、それが既存の体制である以上、とりあえずは踏襲した上で政権運営を進めようという穏健な態度を示していると考えられる。

  他方で、国民党の党産問題をめぐる審議が立法院では始まっている。植民地統治を行っていた日本の資産や、国共内戦で敗れて台湾へ逃れてきたときに持ち出した中央銀行の資金等が国民党の懐に流れていたため、国民党は世界一の金持ち政党と言われていた。国家と党とが不可分な関係にあった一党独裁体制の時代に現れた問題であるが、国家と政党とを分けて捉える民主政治の発想からは著しくかけ離れた不透明な状態が続いていた。民主体制の確立のため、こうした党国体制の清算はどうしても必要な前提となる。

  国民党の党産問題は陳水扁政権のときにも提起されていたが、民進党は立法院では少数派だったため、解決できないままだった。本日発足した蔡英文政権では、立法院でも民進党が多数を握っているため、党産問題には一定の方向が示せるだろう(ただし、どこまでを違法と捉えるかをめぐって難しい問題もある)。台湾では党産問題も含め、政府と国民党との一体化を前提として制度が慣習的に組み立ててられてきた側面があり、そこをどのようにしてオープンな手続きを前提とする制度へ改革していくか、これが今回の民進党政権に長期的な観点から期待できる課題であろう。そうした制度改革はラディカルに進めてしまっては次の政権によって簡単に破棄されかねない。永続性を担保するには、今回の就任式で「吾黨所宗」を省略しなかった穏健な態度からうかがわれるように、常に合法性を念頭に置いて進めなければならない。