蘇起《兩岸波濤二十年紀實》(遠見天下文化、2014年)

・本書は1988年の蒋経国死去による李登輝の総統就任から2008年の馬英九の総統当選までの二十年間にわたり、時に一触即発の危険性をはらんできた中台関係を分析している。著者は政治学者で、基本的な立場は「統一」でも「独立」でもなく、「現状維持」によって中国と衝突する危険性を回避する方策を求める点にある。国民党政権のブレーンを務めていたため自ら政策形成に携わった経験が本書の内容にも反映されているが、当然ながら馬英九政権の大陸政策を高く評価、他方で民進党の陳水扁政権に対しては厳しく批判している。以下は関心を持った点をメモ。

・台湾、中国、アメリカという3点、及びこれらを結ぶ中台関係、米中関係、米台関係という3つの線分、合わせて6つの変数の組み合わせに焦点を合わせるのが基本的な分析枠組み。

・中台間では「一つの中国」という原理原則に束縛されて国民党・共産党の双方とも相手を認めない関係にあったため、交渉すらできない状況があった。「一個中国、各自表述」(「一つの中国」が原則ではあるが、その「中国」が何を指すかについては双方それぞれの解釈に任せる)、いわゆる「九二共識」(1992年コンセンサス)は、外交的レトリックとして「一つの中国」原則をとりあえず棚上げして、双方の交渉チャネルを確保できたとして著者は高く評価。この「九二共識」は中台間の水面下での交渉関係があって初めて成り立っていたと指摘。

・1988年に李登輝が総統に就任した際、中共側は香港在住の国学大師・南懐僅を仲介役として接触を図ってきたが、李登輝にはかつて共産党活動をしていた過去がある点に中共側は期待していたと指摘。また、中共側は党の決定に基づいて密使を派遣してきたが、それに対して李登輝は私的な関係で密使を派遣。李登輝は台湾民主化の父ではあるが、両岸政策に関しては独裁的に政策決定。

・1995年、李登輝のコーネル大学訪問は北京側にとって衝撃となり、両岸関係の一大転機。また、李登輝は1999年に「両国論」(台湾は「中華民国」と名乗る一つの主権独立国家であり、従って中華人民共和国とは異なる国家)を提起。「両国論」をまとめたのは李登輝から信任を得ていた張榮豊、蔡英文といった少数の幕僚であり、これは李登輝の独断であって国民党内のコンセンサスを得たわけではなかった。蔡英文などの人脈は後に民進党の陳水扁政権に引き継がれる。なお、著者が民進党政権の大陸委員会主任となった蔡英文と話をした折、彼女は「両国論を取り下げても、実質的にはこの政策を継続する」と語っていたとして、これは国民を騙す行為だと批判。

・2000年に総統に就任した陳水扁は当初「新中間路線」を標榜して、中共側も「聴其言、観其行」として当面は静観の姿勢を見せた。ところが、翌年以降「一辺一国」「公投」「正名」「制憲」といったスローガンを次々と打ち出したため、中共側は態度を硬化させ、軍隊に動員をかけるまでの危険な状況になった。陳水扁政権の強硬姿勢の背後には二つの「神話」があった。第一に、中国の社会状況は不安定だから台湾を攻撃する余力はないとする「中国崩壊論」。第二に、民主化を果たした台湾をアメリカは必ず守ってくれるという思いこみ。ブッシュ政権のネオコンには親台派も多く、そうした人脈も陳水扁政権は李登輝から受け継いでいた。しかしながら、実際には中国共産党の体制は安定しており、アメリカも陳水扁政権をむしろトラブルメーカーとみなすようになった。

・民進党政権は選挙対策で台湾アイデンティティーを煽り立てようとして、両岸関係のマネジメントを難しくした。民主化の副産物として、感情に訴える政治的操作が強くなり、理性的な判断が後退。国内的要因が重視され、大陸関係や国際関係への理性的な考慮が足りなくなった。

・李登輝と陳水扁の比較。李登輝は党内をまとめて自らの交渉能力を強めていたため、中共側からもカウンターパートとしての信頼を得ていたのに対し、陳水扁は民進党内の元老級政治家たちの強硬意見に直面してまとめきれず、むしろそれに乗っかっていった。李登輝は心の中では独立派だったかもしれないが、任期中には理性的に現状維持の政策を実行できたのに対し、陳水扁は当初から台湾独立という教条にとらわれていた。

・近年の世論調査を見ると、台湾アイデンティティーは確かに高まっている。ただし、感覚的な部分で台湾アイデンティティーを持つことがイコール「独立」というわけではなく、台湾アイデンティティーと「現状維持」とは両立し得ると指摘。

・2008年、馬英九の総統就任演説では両岸関係に関する割合が大きく、国民党幹部の同意を得るため、馬英九のブレーンだった著者は事前にその予定稿を持って連戦、呉伯雄、王金平、江丙坤などのもとを回った。著者が内容を読み上げたとき、連戦は一字一句までメモを取っており、著者は「二日もすれば全文は公表されるのに、なんでそんなに細かくメモを取るんだろう?」と不思議に思ったという。連戦が中共側とのパイプ役になっているのは周知の事実で、本書が刊行された後、この行為は国家機密漏洩にあたるのではないか?とマスコミでも報道された。

・2016年の総統選挙に向けて民進党からは蔡英文が候補者となる可能性が高いが、彼女は「両国論」を策定した当事者である以上、中共は彼女に不信感を向けるのは避けられず、対中関係のかじ取りは難しくなるだろう。不測の事態を避けるためにも両岸関係で何らかのパイプを構築しておかなければならず、中国側を刺激しないためには「現状維持」が当面はベターだという著者の基本的なポイントはもちろん理解できる。ただし、中国側との関係密接化が、とりわけ経済面での台湾の中国依存をもたらし、台湾側のポジションが危うくなりかねないという問題点について説得的な説明がないのが気になった。